平成16年8月20日
 
全国知事会の「国庫補助負担金改革案」に対する意見
 
全日本教職員連盟
 
 8月19日、全国知事会がまとめた「国庫補助負担金改革案」の中で、義務教育費国庫負担金の削減が盛り込まれたことに対し、全日教連としては強く遺憾の意を表す。
 その理由を以下に示す。
 
1 義務教育費国庫負担制度の意義
 
義務教育費国庫負担制度は、全国すべての地域に必要な教職員を配置し、子供たちに教育の機会均等を保障してきた制度である。
そもそも義務教育は憲法の要請に基づくものであり、国の責任において行うべきものである。義務教育を実施する公立小・中学校は、子供たちに最も身近な市町村が設置しているが、市町村の財政力には大きな偏りがあるため、財政負担の大きい教職員に係る給与費を、財政力のある国と都道府県が経費を負担することにより、地方の財政力の差が教育水準の差とならないように義務教育を支えてきたのが、本制度である。
 
2 一般財源化は、義務教育費を減らす自由度が高まるに過ぎない
 
そのような制度を今回、全国知事会が同制度の廃止に向けて、先行的に中学校教職員分を一般財源化し、更には第二期改革として全額廃止とする改革案をとりまとめた。これは、財政論だけによるものであり、教育論の観点から義務教育の意義が何ら議論されたものではなく、極めて遺憾である。  
  義務教育費国庫負担金を廃止し、税源移譲されたとしても、多くの都道府県 において、削減額に見合う移譲額が措置されず、更に、国と地方の双方とも厳 しい財政状況の中で、地方交付税も削減方向にある現状において、果たして住 民の意向に沿った義務教育運営を行っていくことができるのであろうか。とり わけ、山間離島僻地を抱える都道府県において、十分な教育費が確保困難にな り、義務教育の質的低下がおおいに懸念される。
  義務教育費国庫負担金の一般財源化により、都道府県の財政上の自由度は確 かに高まる。しかし、この自由というのは義務教育費を減らす自由でしかない ことは言うまでもない。               
 子供たちにとって一生に一度限りの9年間の義務教育が、財政的な面だけで改革が進められ、住むところにより受ける教育水準に格差が生じる恐れがある。子供たち自身が被る不利益のみならず、人材が最大の資源である日本の今後一層の発展に禍根を残す過ちを犯してはならない。
  以上のような観点から、義務教育費国庫負担制度は、不可欠な制度である。
3 教育における地方分権と国の役割
 
  地方分権の理念に基づき、教育の分野においても地方がその実情に応じて、
特色ある教育を展開することは重要である。
  しかし、そのことが義務教育費国庫負担制度を廃止することにはつながらない。それどころか、地方において多様で創造的な教育を展開するには、国による安定した財政的支援が必要不可欠である。各都道府県において、財政的な理由で教育の格差を出させないようにすることが国の責任である。
  知事会の議論にもあるように、各都道府県において知事が中心となって、教育に責任を持つことは当然であり、どの知事も義務教育の向上発展を願っていることは疑いのないことである。
  知事会は、補助金の削減に伴う税源の移譲と地方交付税の財源調整を要求し ている。ならば、このような改革により地方財政運営の不安定要素を高めるよ りも、財政的な基盤については国が責任をもって補助金として確保しつつも、 地方の独自性を発揮できる制度の自由度を高める改革を進めることで、より安 定的かつ住民の意向に添った運営が可能となるのであり、三位一体の改革及び 地方分権の趣旨に即していると考える。
  教育は決して短期的な視点で語るべきものではなく、国家百年の大計と言われるように、長期的な取組が必要である。現在まで築きあげてきた、わが国の義務教育の成果をもとに、それを更に向上させるためには、今後も教育に関する施策を進める中心は国に置き、その上で、国と地方公共団体の両者がそれぞれの責任を自覚し、適切な役割分担をすることが必要である。
 
 全日教連は、何よりも子供のためになる改革を強く要望する。今後、この問題は経済財政諮問会議、そして政府、国会において議論されることになるが、補助金削減を目標額に合わせるという財政論ではなく、これからのわが国の義務教育をどうするかという教育論で真摯に議論されることを強く望む。