全日本教職員連盟

TOP > 教育皆伝 > 大久保 正廣

大久保 正廣

日本の規律指導についてookubo.jpg

福岡大学人文学部
教授 大久保正廣

第1回(全3回)
日本の規律指導の後れ
大津のいじめ事件、大阪での体罰事件と世間の耳目を集める教育事件が続いた。これらの事件に関連して、十一月に発売された文芸春秋社の『二〇一四年の論点一〇〇』において、私はいじめや体罰についての考えを述べた。実は戦後日本の規律指導は世界に後れており、責任ある組織的なルールづくりがなされておらず、特に公立小中学校では校内暴力やいじめ、体罰等の暴力がその顕在化以来放置されがちであったという主旨であった。詳細は私のホームページ「規律指導の再構築」でも取り上げているので、第一回目となる今回はその大きな論拠となる教育学者の沖原豊の研究について取りあげてみたい。
 沖原は、一九八三年の第九八国会文教委員会において、世界の八七カ国の校内暴力の実態と対策についての研究をもとに参考人として意見を述べている。研究では、対教師暴力、器物破壊暴力、生徒間暴力の三つの暴力を基準とし、その三つとも顕著にあらわれている国を重症国、そのうち対教師暴力が比較的少ない国を中症国、生徒間暴力だけが顕著なのを軽症国、ほとんど暴力が見られないのを無症国として分類した。それによれば、重症国がアメリカとイギリス、中症国はフランス、西ドイツ、イタリア、カナダ、軽症国は韓国、インドネシア、メキシコ、そして無症国はソ連、中国、スペイン、ポルトガル、アルゼンチン、チリ、トルコである。さてそれでは、日本は、どこに分類されたか。
 実は既にこの三〇年前の時点において、日本はアメリカやイギリスと並ぶ重症国と位置づけられているのである。今日でも公立小中学校の学校崩壊の代表格である対教師暴力は、文科省にあがってきたものだけでも平成二三年度は合計七七八九件で、調査方法の違いを勘案しても当時とは比べものにならず、日本の悲惨なこれまでの流れが理解できる。
 しかも、沖原の研究の注目すべき点はこれだけではない。重症国のアメリカやイギリスでは無論、中症国においてさえも当時の対策では規律指導を重視しているのに対して、日本では軽症国でしか重視していないカウンセリングをより重視し、規律指導を軽視しているというのである。
無論、カウンセリングは不可欠ではあるが、実は規律指導こそが、世界における校内暴力の抜本的な打開策だったのである。こうした方法的にみてアンバランスな状況は、今日に至るまで、停学や退学のない公立小中学校を中心に続いてきた。
学校における暴力の顕在化から現在に至るまで実に四〇年近く、戦後民主教育の理想を掲げた日本において、どうしてこれほどまでに暴力が顕著となり抜本的対策が後れてしまったのか。次回では、その日本的な要因について教育方法的な観点から述べてみたい。

第2回
後れの日本的要因
前回においては、日本の規律指導の後れについて、特に教育学者の沖原豊の三〇年前の研究を中心に述べた。今回では、なぜこのように日本では規律指導が後れてしまったのか、特に教育方法論的な視点からの私見を三点指摘したい。
 まずあげられるのは、戦後的な懲戒観の歪みである。戦後においては、民主主義的な指導方法として自治活動が特に注目され、混乱の中から注目すべき様々な実践が試みられた。問題行動への対応においても対話や議論を中心とする子どもによる主体的な解決が目指され、そうした中では大人による外部からの力は極力排除されるべきとされた。革新的な教育運動の実践論においてのみならず、文部省における最初の代表的な指導書である『生徒指導の手びき』においてもそれは同様であり、自治的活動やカウンセリングなどの方法による指導に重点が置かれ、懲戒は外部からの力によるものとして批判的な位置づけがなされている。しかし、戦後民主主義教育思想に大きな影響力を持ったデューイは、実はそうした懲戒の対象者のみに焦点化した戦後日本的な懲戒観を持ってはいない。デューイは、「人を困らせ不快にさせる」行動は「これを続けるのを許すわけにはいかない」として、懲戒は周囲の「人」を守るために「非常に明白なもの」としているのである(拙著『混迷の学校教育』牧歌舎 二〇一〇 四百五十八頁)。
 二点目は、長い間猛威をふるってきた「管理主義」言説の支配である。これは概していえば、校内暴力やいじめといった学校における暴力の原因を「管理主義」によるものとする政治主義的な言説である。代表的なものには初期のいじめ論で喧伝されたような、生徒自治が押さえつけられたために校内暴力が起こり、校内暴力を押さえつけたために陰湿ないじめが広がったというものがある。この言説には様々な変奏があり、厳しい体罰・校則による「管理主義」教育のために校内暴力が起きたという一時期吹き荒れた言説も同根である。こうした、学校暴力の原因説では、警察の介入や懲戒、組織的指導でさえも「管理」であり、これこそが問題だということになる。
 三点目は、校長を中心とする組織的な指導体制が混乱しがちであったことである。戦後教育学では、管理職は長い間実践者とみなされなかったために、特に停学・退学のない小中学校では生徒指導における責任が曖昧であり、無責任体制となってしまいがちであった。とりわけ、管理職と教員組合が政治的な混乱状態の場合には、一貫した責任ある組織的指導体制は不可能だったのである。
 これら三点が後れの主要因と考えるが、今日に至るまで対応が遅れたのは、最後の指導体制の政治的混乱は指摘されても、特に前二者は立場を問わずほとんど無自覚にすまされがちだったという点にあると考えている。

第3回
指導体制の確立のために
前回では教育方法論的観点から、規律指導の日本的な後れの要因として、戦後日本的懲戒観の歪み、政治主義的「管理主義」言説の猛威、管理職と一般教職員との政治的対立による指導体制の混乱の三点を取り上げた。
さて、最終回となる今回は、学校暴力の顕在化から四十年近くもの規律指導の後れを乗り越える抜本的な対策について論じてみたい。
前回もふれたように、特に公立小中学校では、懲戒処分は学習権とは直接関わらない訓告のみであるため生徒指導上管理職は高校のように不可欠なものではなく、加えて、管理職は長い間戦後教育(学)では実践者としてはみなされなかったために生徒指導の実践からは遠ざけられがちであった。こうした事情の下では、小中学校では懲戒処分としての訓告は無論、教育委員会が動かねばならない深刻な事例に対応すべきはずの出席停止ができるはずもなかった。ちなみに、学校崩壊の代表格である対教師暴力は、平成二十三年度公立小中学校の合計では文科省にあがってきたものだけでも七千七百八十九件であるが、それに対応するはずの出席停止は合計してもわずか十七件となっている。どうしてこのような深刻な空文化の問題が放置されてきたのかいまさらながらに驚かされる。
したがって特に小中学校においては、懲戒処分を含む管理職を中心とした責任ある指導体制をいかにして構築するかが喫緊の課題となる。
例えば、各県教育委員会の高校の管理規則においてはほぼすべての県において懲戒の語は明記されているが、いじめ事件に揺れた大津市の小中学校の管理規則においては、他の市町村のそれとほぼ同様に、いまだに懲戒の語さえない。懲戒処分が、これまで教育と捉えられていなかった戦後的な無責任体制の象徴である。
こうした問題点を改革すべく、昨年秋の大阪では、府と市の教育委員会が連携して懲戒処分を含む五段階の組織的な指導の指針を示した。これまでの「管理主義」言説の猛威のなかでできなかった教育行政による打開策の注目すべき第一歩となるものである。しかし、こうした画期的な施策も、これまでの生徒指導の抜本的な反省なしには効果的な実践となることはできない。幸い、今日においては『生徒指導提要』にみられるように文科省によっても新たなパラダイムが提出され生徒指導の新時代に入っている。杉多美保子氏代表による「ルール研究会」や私のホームページ、さらには山本修司氏による一連の『毅然とした指導』シリーズの七段階の指導など、たたき台としてのルールづくりの試案は既に提出されている。
議論の詳細は拙著『混迷の学校教育』(牧歌舎)を参照されたい。全国的なルールづくりの整備に向けて、教育行政のさらなる迅速な対応を切望している。
(全日教連教育新聞 平成25年12月号?2月号に掲載)

プロフィール
大久保 正廣(おおくぼ まさひろ)
一九五四年(昭和二十九年)生まれ。山口大学教育学部卒業。長崎大学大学院・福岡大学大学院修了。二十四年間の教員生活の後、研究生活に入る。専攻は教育方法学。
主著に、単著『混迷の学校教育』牧歌舎(二〇一〇年)、編著『「荒れ克服」実践レポート』教育開発研究所(二〇一〇年)がある。

私たちも応援します。
株式会社イエローハット
相談役 鍵山 秀三郎

メッセージはこちら


  • フェイスブック
  • 加盟する単位団体
  • 教育皆伝
  • 積立年金制度
  • 訴訟費用保険制度
  • 世界児童画展
  • 関連リンク
全日本教育連盟の活動内容等

日々の活動報告や行事予定を随時更新しています。ご興味ある記事は是非チェックして下さい。

全日教連委員長から

日々の活動報告や行事予定を随時更新しています。ご興味ある記事は是非チェックして下さい。

  • 達人はこうする
  • 日本教育文化研究所『教文研』
  • 教育再生実行会議
  • 子ども
Copyright © NTFJ. All Rights Reserved.