戦後教職員団体の流れと全日教連
1945年 (昭和20年) 日本は連合軍に降伏し、アメリカに統治されました。アメリカの占領政策でまず手をつけたのが、日本の教育改革でした。教育使節団を日本に派遣し、勧告を行うことにより教育観・児童観・教師観・教育制度を一変しました。教職員団体の結成も、アメリカの手によるものでした。
飢餓と貧困のどん底の中で、労働組合が結成されましたが、教職員組合も同様に、社会党・共産党の旗のもとに結集し、昭和22年に 「日本教職員組合 (日教組)」 が結成され、教職員のほとんどが加入、その数90万人とも言われました。
結成当初の運動方針は生活をよくするための経済闘争が中心でしたが、昭和25年に朝鮮戦争が起こり、東西米ソの対立の様相が激化するにつれ、政治闘争、教育闘争に傾斜していきました。ストライキ、反米親ソのイデオロギーによる偏向教育、過激なデモ戦術、組合による職場管理が組合の指令によってなされ、学校現場は荒廃しました。
昭和25年、地方公務員法が定められ、教職員を含む、公務員のストライキが禁止となりましたが、違法行為はますますエスカレートしていったのです。
このような闘争至上主義に疑問を抱き、教育の正常化を願う教職員が全国に輩出してきたのも当然でした。昭和28年、山口県教組が、県下の児童生徒の教材として使用させた 「日記」の中に明らかに特定のイデオロギーを教育しようとする内容があり、その偏向教育に反対し、山口県教組からの脱退者が相次ぎました。いわゆる「山口日記事件」 が起こり、昭和32年に日教組と別の教職員団体 「日本教職員団体連合会 (教団連)」 が初めて結成されました。
それから40年、時代の変化と共に、教職員団体も変容し、教育正常化を願う団体も、いろいろな過程を経て、昭和59年2月26日に 「全日本教職員連盟 (全日教連)」 が結成され、現在に至っています。
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