国旗・国歌問題の常識




 兵教連は、健全な国家意識を育てるという観点から、国旗・国歌問題を組織活動の最重要課題としてきました。近年、式典での実施率は全国的に見ても100%に近づきつつあり、兵庫県でも徐々に正常化されつつあります(兵庫県は全国平均以下!)。しかし、県内義務制諸学校の中には、未だこの問題で職員会議が紛糾し、実施が実現していないところも多く、式典のシーズンには多くの管理職を悩ませる原因となっています。兵教連では中島前委員長が中心となって想定問答集「国旗・国歌への疑問と解答」を作成し配布してきましたが、各方面より大きな反響がありました。そこで、その内容を掲載します。
 

質問@ <法的根拠> 「日の丸」「君が代」が国旗・国歌だという法的根拠はどこにある?

◇ 慣習法・不文法で国旗・国歌とされているのは明白です。日本の首都が東京であるとか、日本の領土はどれか、など分かり切ったことは成文化されていません。それでもあえて言えば、国内法では、明治三年の太政官布告第五十七号で「日本国船に掲げる国旗は白地に日の丸」(意訳)と定めています。明治三十二年の船舶法では日本の 船舶に国旗を掲げることを義務づけました。昭和二十三年に海上保安庁法で、昭和二十九年に自衛隊法でそれぞれの船舶・艦船に国旗を掲げることを義務づけました。「君が代」も明治二十一年に大日本礼式として初官庁と条約国に通知。国際慣習法でも、国際間の儀礼、国際的会議、国際的行事で「日の丸」「君が代」が世界中から認められているのです。
 

 ※ 平成11年8月に「国旗国歌法」が制定され、法的根拠については問題が解決されました。しかし、これからも日の丸・君が代が慣習法的に定着してきたという事実はしっかりおさえたいと考えます。

質問A <「日の丸」は侵略のシンボル> わが国はかつて「日の丸」を掲げて侵略を行ったため、近隣諸国民からは、憎悪と反感の的になっているのでは?

◇ 国旗というものは、平和の時も、またやむを得ず起きた戦争の時にも使われるものです。この五十余年のわが国の平和を示して、理解してもらうよう努めたい。「日の丸」は生命の源泉である太陽を表したもので慈愛の象徴であり、「日本」という国名も太陽に由来しています。      
 
 


質問B<「君が代」の歌詞と曲に問題あり> 歌詞は非科学的で、曲も明るさがなく親しみにくいのでは?
 

◇ 「さざれ石のいはほとなりて苔のむすまで」は小石が巌になり苔が生えるという意味で科学的に見ても誤っていません。なお、先進諸国のほとんどの歌詞が軍歌・戦争歌であるのに、「君が代」には敵が想定されず、平和そのものです。曲は軽薄なポピュラー調ではなく、荘厳厳粛で堂々とした調べにふさわしいと言えます。  
 
 

質問C<主権在民に反する> 「君が代」は天皇崇拝を強制するもので、主権在民をうたう日本国憲法の精神に反するのでは?

◇ 憲法の一章(一条〜八条)に「天皇」の規定があり、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴とされているから、憲法の精神に合致します。
 
 

質問D<軍国主義を招く> 国家意識の昂揚は全体主義・軍国主義への道を開き、個人の人権を抑圧するから危険ではないですか?

◇ 日本以外のすべての国では、教育において国家意識を涵養することに努力を払っています。しかも欧米では個人の人権尊重と両立させています。健全な国家意識を育成していなければ、愛国心がゆがんだものへと暴発し、かえって危険なのです。  
 
 

質問E<外国人と協調できない> 愛国心をあおることは、外国人との協調精神を阻害するので問題だ。近隣諸国も日本の国家主義の台頭に懸念を表明しているではないか。

◇ 国を愛する人は他国民からも尊敬されるのが国際社会のあり方です。自分の国を愛せる人だからこそ、他国民の愛国心が理解できるのです。また、わが国を批判しているこそ、強烈に愛国心や民族主義を自国民に教えているではありませんか。  
 
 

質問F<在日外国人に強制するのか> 子供たちの中には在日朝鮮人・韓国人をはじめ外国人がかなりいるので強制するわけにはいかないでしょう?

◇ 現在の国際社会では、どの国に行ってもその国旗・国歌に敬意を払うべきことは常識になっていって、強制の問題ではありません。外国籍の子供たちにとっても、式典での「日の丸」「君が代」を見聞きする体験を通じて、それぞれの祖国に思いをはせる絶好のチャンスとなるはずです。  
 
 

質問G<反発して退席する者が出る> 保護者や子供で、「君が代」に起立しなかったり、「日の丸」を見て退席する者が出てもよいのか。

◇ 前もってそういう気配があれば、先生方から理解してもらえるよう説得して欲しいです。